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2020/02/19

京都造形芸術大学のウェブマガジン・アネモメトリに記事を書きました

東京は墨田区にある人が集まり、自由に振る舞うことのできる場として今話題のお店、「喫茶ランドリー」。
「自分で作る公共」をテーマに、お話を伺っています。


家事室や空間作り、店員さんの声かけが、お店づくりの秘けつだそう。
「喫茶ランドリーでは、他人の能動性を、拒否せず必ず受けとめることにしています。」

どんなお店なのでしょう。是非ごらんください。

アネモメトリ -風の手帖- 
自分でつくる公共 グランドレベル=1階の試み 喫茶ランドリー
https://magazine.air-u.kyoto-art.ac.jp/feature/7893/

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2020/01/31

雑誌作ってみたい

最近雑誌作ってみたいなって気持ちが出てきた。
わたしは日本語学校と受注仕事の編集やライターの仕事をライスワークとしてやってて、一方で作家的な書き物や一から本を企画編集するのを、ライフワークとしてやっている。


前は後者をもっと増やして、それで食べていきたいなって思ってたんだけど、
そんなにいい企画もいい文章もぽんぽん作れない。
あと、家のこととか学校のこととかやんないとダメだし、
あんまり体力がないから、自分のペースでやってくのがいいなって思ってる。


でも、いろんなことに興味があって、取材してみたい人も場所もたくさんある。
いっぱい記事書いてる人や連載もってる人みたらいいな〜って思っちゃう。
今のペースが合ってるってわかってるのに、
どっかでいいな〜って時々思ってしまう。
このジレンマ、どうにかなんないかなって思ってた。


話は変わるけど、最近金井悟さんて編集者の方が作った
『つくづく』ってZINEがすごいよかった。
何の雑誌って一言で言いにくくて、
正直よくわかんないページも多いんだけど、
好きなことを好きなふうにやっているところがいい。
自分の好きなものとか、目指してるものとか、
憧れてたものを詰め込んだんだなって感じがすごい伝わってくる。
金井さんのそういう気持ちが、その雑誌のたたずまいから出てて、
そこがすごくいい。
雑誌って編集長のもので、編集長ってこんな人とか、
編集長のこんなことやりたいって気持ちが伝わってくるのは、
いい雑誌だなって思う。


そういえば何年か前にお会いした『スペクテイター』の青野利光さんは、
最初は自分で『バーフアウト』っていう音楽雑誌を作ってたって言ってたし、
同誌の赤田祐一さんも、退職金で『クイックジャパン』作ったって言ってた。
自分で雑誌を立ち上げたって言ってた。


フリーになる前、なぜか会社でうまくいかなくて、
転々としていた時期があって、なんで自分はうまく行かないんだろうって、
いつも悩んでいた。
そのあと離婚したときに、就職や結婚がうまくいかなかったのは、
「どっかに自分がフィットする場所があって、そこに行ったら自分が受け入れられてうまく行くんだ」っていうふうに思っていたのが原因だって気づいた。
自分の基準じゃなくて、他人の基準、他人の軸で動いていたから、
いつも振り回されてうまくいかないんだって。
自分に合う理想の誰かや理想の場所があって、それを探すんじゃない。
今いる場所を自分の場所にしなきゃだめなんだ、
居場所は自分で獲得しないといけないんだって思った。


それと一緒で、自分の書きたいこと、伝えたいことやるには、
人から降ってくるの待ってるだけじゃだめだし、
既存の場所になかったら、大先輩がやってきたみたいに、
自分で作らないとダメだって気づいた。
人の仕事見ていいな〜って思ってるヒマあったら、
自分の文章載せれるような場所自分で作んないと。


やってみたいのは、『暮しの手帖』、昔の『ku:nel』ほどしゅっとしてなくて、『スペクテイター』ほど趣味よりじゃなくて、『マーマーマガジン』ほどスピってないライフスタイルマガジン。
誰か読む人いるのかな?
もうちょっとコンセプト練ってみよう。

2020/01/30

書いてみたけど

小説って今まで全然書こうって思わなかったし、書けるとも思ってなかった。
4年くらい前に自費出版の方の『愛と家事』を読んだ友達に、
「一人の女性の人生をいろんな視点から語ってて、そこに社会状況も描かれているような小説なら、太田さんも書けるんじゃないの?」って言われて、そのときはピンとこなかった。


けど、そのあと村上春樹の『職業としての小説家』を読む機会があった。
村上春樹は神宮球場で鳩を拾ったときに、「小説を書こう」と思ったらしい。


「へ〜、小説を書くきっかけってそんなのでいいんだ。
じゃあわたしも書けるかも」

きっと村上春樹のことだから鳩だって何かの比喩かもしれないけど、
そのエピソードをそのまま受け取ったわたしは、無謀にもそんなふうに思った。
というのも今までわたしは、なんとなく小説って、才能があるとかめちゃめちゃ書きたい人しか書いたらダメなんだと思っていたから。
なんか自分はその資格がないように思っていたのだ。
だけど、村上春樹が、そんなふうに小説を書こうと思ったんだったら、
わたしも書けるかもしれないと思った。


それで、そのあと書いてみた。
『愛と家事』に書けなかったことがいっぱいあって、それを形にしたくて、
私小説だったら書けるかもと思ったのだ。
とりあえず書けたので、「小説を書けるんじゃない?」と言ってくれた友達に見せてみた。
けど、「太田さんのは直接的すぎて小説って言えないんじゃないか」
って言われて、なるほどと思って、それはそのままお蔵入りにした。

話は変わるけど、『82年生まれ、キム・ジヨン』がすごいおもしろくて、
読んだ時、その友達が言ったのって、こういう小説のことだったのか!
と思った。
キム・ジヨンは構造がややこしいとか、
文体が独特って小説じゃなくて、データとか社会状況とかが織り込まれてて、
論文とか社会批評とかを読んでいるような気分になった。
でもキム・ジヨンの置かれた状況の大変さや、悲哀が感じられ、
それが韓国の女性の状況をよく表したものだとわかった。
また、この話がキム・ジヨンカルテとして書かれているという設定もすごい面白かった。


日本の小説ってまずは文体を作れって言われるけど、
キム・ジヨンはそうじゃないように見えて、(翻訳の問題でそう見えるだけかもしれないけど)そこもよかった。
日本でも、時々、凝った文体じゃなくて、一見淡々と一人の人生を描きながら、
壮大な物語になっているような小説がある。
そういうのだったら書けそうな気がする。
そういう小説もっと読んでみたいし、いつか自分で書けたらいいな。
いいのがあったら知りたい。

2020/01/29

ふつうの中で自由になる

迷走中でも書いたように、本出してから自分が作家方面に行った方がいいのか、
編集とかライターでやっていった方がいいのか迷っていた。
ちょっと仕事の棚卸しをしたくて、似た分野で仕事しているSさんに相談した。

わたしの悩みは制作物の分野がとっちらかっていて、一見何をしている人かわかりにくいことだった。

でも、Sさんに今はいろんな人がいて好みや志向が細分化されている時代で、
万人に刺さるキャッチーさが何かわからなくなってきているから、
無理にキャッチーにしなくてもいいんじゃないか、と言われた。

また、太田さんのやっていることは一見わかりにくいように見えるけど、
全く筋が通ってないわけじゃない。その中でも共通性があって、
あえて言うなら「ふつうの中で自由になる」みたいなことを目指しているように見える、と言われた。

「ふつうの中で自由になる」っていうのが、すごくしっくりきた。
それは、例えば働き方に疑問を感じていたとして、
メディアで取り上げられがちなのは、いきなり起業とか地方移住とかフリーランスって感じだと思うんだけど、わたしはそういう人よりも、ちいさな工夫を積み重ねながら、よりよいやり方を探しているような人に興味がある。

たぶんそういう営みはちいさいし、地味だからメディアに取り上げられにくい。
だけど、わたしは、いきなり大変革とか制度から降りるっていうのは難しいと思うから、そういうちいさな積み重ねを少しずつ真似したり、自分の生活に取り入れる方が、失敗も少ないし現実的だと思う。
だからそういう人にフォーカスしたい。
そういう考え方に、「いろんな人が自由になる過程を見せることで自由になってほしい」って思いを感じると言われた。

わたしはこれまで、マジョリティとマイノリティって、上の図みたいに、
大多数のマジョリティVs少数派のマイノリティってなっていて、
それは交わらないものだと思っていた。

でも現実っていうのは、こういう部分もあるけど、そうじゃない部分もある。
それぞれの円は同心円状になっていて、境界はもっと曖昧でグラデーションになっていて、一人の人の中にマイノリティの部分とマジョリティの部分がある場合もある。
実際は、マイノリティよりのマジョリティやマジョリティよりのマイノリティがいて、一つの円の中でも、ガチマジョリティっていう人とマイノリティよりのマジョリティの人っていうふうに、それぞれの円の中で温度差がある。


そういう現実の中で、自由に生きたり考えたりしようって思うと、
「ふつう」をぶっこわすとか、マジョリティをぶったおして
マイノリティがマジョリティ並に大きくなるってやり方じゃうまくいかない。
それよりも、少しずつ円の交わる境界をなめらかにしていくとか、
自分の中にマジョリティの部分とマイノリティの部分があるって、
人に気づかせることが大事になるんじゃないかと思う。


たとえば、働き方の例だと、週5会社員みたいな働き方は「ふつう」とされているけど、しんどい。
だけど、いきなり田舎に行ってお金を使わないで生活するような人はあんまりいない。
「ふつうの中で自由になる」っていうのは、その間をつなぐ働き方を考えるようなことだ。


この間をつなぐような活動は地味だったり、分かりにくかったり、本人も自覚していなかったりして、伝えにくいからなかなかメディアに乗りにくい。
バリバリマジョリティな人もバリバリマイノリティな人もそれなりに居場所やメディアがあるんだけど、この間ってどっちにも違和感あるけど言語化しにくいらそんなに可視化されていない。


これから、わたしは「ふつうの中で自由になる」っていうことをもっと意識してものを書いたり作ったりしてみたい。
どんな形のアウトプットにすればいいんだろうな〜。






2020/01/28

働き方に正解はない

『仕事文脈』という雑誌で35歳以上で転職した人に話を聞く
「35歳からのハローワーク」っていう連載をやっている。

毎回1つの仕事をテーマに、各男女1名ずつに今の仕事につくまでや、
今の仕事についてのライフストーリーを聞くという体裁にしている。
次の号では今までと趣向を変えて、キャリアカウンセラーの人のアドバイスを載せる予定だ。

取材で聞いたお話があまりにもおもしろくて、
自分だけにとどめておくのはもったいなくて、少し書いてみます。

・・・

35歳以上で転職するときって、35歳以上になると求人が少なくなるから、
取りやすい資格をとるとか、求人の多い業界を狙った方がいいと思っていた。
だけど、そうやって条件だけで選ぶのはよくないそうだ。

仕事ってふつう得意なことやできること、
好きなことで仕事を選べって言われがちだ。
けど、そうすると自分がどんな価値観をもって仕事しているかっていうのを、
見落としがちになる。
実はそこがいちばん大きなポイントで、そこを無視して転職活動すると、
なかなか決まらないとか、ミスマッチが起こる。


転職って、どうしても就職するとか正社員になることをめざしがちだけど、
それはゴールじゃない。そこから先どうやって働くかが大事だし、
その目標は、5年後こういうふうに働いていたいとか、3年後独り立ちしたいくらいのもっとぼんやりしたものでもいい。
だから、一気に転職して正社員にならなくったって、最初は資格を取るところから始めて、アルバイトや派遣でお試しで勤めて、経験積んでから正社員の職を探すというふうに、少しずつジョブチェンジしていったらいいそうだ。

それを聞いて、結構目からウロコで。
わたしは今ダブルワークをしているんだけど、
週2しか行ってないから、週5で働いている人に悪いな〜と思ってしまったり、
最初のころは収入が少なくて家族に申し訳ないみたいに思っていた時期があった。

会社に入る前はまずは3年くらい試してから考えようって思っていたのに、
会社に入るとそういう気持ちを忘れてしまう。
なぜか週5がえらいとか、正社員がえらいという気持ちになってしまう。
働き方って収入や成果で評価されがちだけど、
取材でその話を聞いたことで、それは人によって大事にするところの基準が違うんだから、比較することじゃないんだって思えるようになった。

新卒だと本当に選択肢が少なくて、週5勤務正社員を目指すしか正解がない。
だけど、転職のときもその正解が正しいとは限らない。
だから、今選んだ働き方に対して堂々とやってけばいいんだなって思った。